2008年03月13日
推古天皇
かつての日本の天皇です。
推古天皇(すいこてんのう、欽明天皇15年(554年) - 推古天皇36年3月7日(628年4月15日))は、第33代の天皇。初の女帝である。(在位崇峻天皇5年12月8日(593年1月15日) - 推古天皇36年3月7日(628年4月15日))。 諱は額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)。 彼女が最初の天皇号を名乗ったと言う説と、天武天皇が最初の天皇号使用者との説が有る。推古が最初なら、厳密な意味での日本の初代天皇は女性である。 『古事記』ではこの天皇までを記している。
日本史の飛鳥時代の始まりは説によってばらつきがあるが、一般的に推古天皇の即位を基準にしている。また、日本に伝来した仏教文化が本格的に華開いた時代でもあり、これを飛鳥文化という。
妹(いも)、豊御食炊屋比売(とよみけかしぎやひめ)命、小治田(をはりだ)宮に坐しまして、天の下治らしめすこと、三十七歳(みそじまりななとせ)なりき。(分注、戊子の年の三月十五日癸丑の日に崩りましき。)御陵は大野の岡の上にありしを、後に科長(しなが)の大木陵に遷しき。(『古事記』)。小治田宮は奈良県高市郡。
第29代欽明天皇の皇女で、母は大臣蘇我稲目の女堅塩媛。第31代用明天皇は同母兄、第32代崇峻天皇は異母弟。蘇我馬子は母方の叔父。『日本書紀』に「姿色端麗・進止軌制」と記される。
欽明天皇32年(571年)に異母兄・渟中倉太珠敷皇子(第30代敏達天皇)の妃となる。敏達天皇5年3月(576年)、皇后広姫の逝去を承け、『日本書紀』推古紀によれば18歳で皇后に立てられ、敏達14年8月乙酉朔己亥(8月15日)(585年)、34歳のとき、敏達天皇が没した。
菟道貝蛸皇女(聖徳太子妃)、竹田皇子、小墾田皇女(押坂彦人大兄皇子妃)、尾張皇子(聖徳太子の妃橘大郎女の父)、田眼皇女(田村皇子(後の舒明天皇)妃)ら二男五女をもうけた。
用明元年夏5月(585年)、殯宮に穴穂部皇子が侵入し、皇后は寵臣三輪逆に助けられたが、逆の方は殺されるはめとなった。
(以上、ウィキペディアより引用)
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